「あの子ね、家政婦の研修受けてないの」


申し訳なさそうに、寂しそうに話す坂口さん。


「小さい頃からわたしにひっついて研修を眺めてて。

...眺めてただけで研修を受けてないから、本当は働かせるべきじゃないの。

ごめんなさい」


「顔をあげてくださいっ」


深々と頭を下げられ、事情を知らないからすぐに声をかける。


料金が格安だった理由はこれだったんだ。


「ピンチヒッターで、もともとすぐに辞めさせるつもりだったの」


暖かなヘーゼルの綺麗な瞳に、わたしが映る。


「それなのに最近、本当に毎日が楽しそうで。

いつもつまらなさそうな顔だったのに、鼻歌歌ってたり、時には何かにイライラしてたり」


嬉しそうに頰を緩ませる彼女。


「あんなに感情をあらわにしてくれて、母親として本当に嬉しいの」


わたしを見つめるその瞳は”お母さん”の目。



「あなたが右京を家政夫として雇いたい、そう言ってくれてたからよ。小春ちゃんのおかげね」



あの日、電話を受け取ってくれたのは坂口くんのお母さんだったんだ。



”あなたのおかげ”



違う。

わたしはそんな人間じゃない。


口を開きかけたが、勇気がなくてただ視線を落としただけ。