「あ、謝るのはこっちの方だよ! ごめんなさい……あんなひどい嘘、ついちゃって」

胸の激しい鼓動を感じながら、わたしは謝った。

「おれもひどいこと言ったって。まあ、お互い様ってことで」

お兄ちゃんは前のような優しい笑みを浮かべて、そう言ってくれた。
お兄ちゃん特有の優しさだ。
全く嫌味を感じさせない。

「結婚するんだって?」
「え、ああ、うん。有希から聞いたのか?」
「うん。お母さんには言ったの? ていうか、わたしに同情しているんじゃないかって有希言ってたよ。誤解といてあげなよ」
「まじで? 後でメールしとくわ」
「うん。女の子ってねぇ、些細なことでも気になっちゃうものなんだかね」

わたしたちはリビングに行くと、同時にソファに座り込んだ。
それと同時に会話が切れ、リビングは沈黙に包まれた。

そんな沈黙に嫌気がさしたわたしは、唐突に思いついた言葉を出す。

「ケッコンって、なんか現実味ないなぁ」
「おれもだよ。だけど絶対後悔しない。そう確信してるんだ」

お兄ちゃんが横でそう言った。
その顔は自信に満ち溢れていて、こっちまで嬉しくなってきた。

そんなとき、自分の中で知らない人の声が響いた。
少し低いけれど、女の人だろう。

≪あなたはそれでいいの? 美沙≫

そう言ってわたしを咎めるように言う。
その声が自分の心の声だと分かるまで、時間はかからなかった。