それはいつ話していたのだろう。
あのお兄ちゃんが急いで家を出て行った日であろうか。

わたしはぼんやりとした記憶を探って、そんなことを考えていた。

「わたしを助けるため、って言われたの。ちょっと悲しくなったわ。じゃあわたしが不幸じゃなければ、結婚してくれないのって。初めて不満を感じたわ。
まだ本当のことは分からない。祐斗の気持ちなんて、わたしには分からない。だけど、わたしを好きであってほしいな……」

有希は空を仰ぎ見ると、虚ろな瞳でわたしに笑いかけた。
そんな力ない笑みに、わたしのなにかがはじけた。

怒りよりも、もっと優しいもの。
同情心よりも、もっと鋭いもの。

「好きに決まってるよ!」

気付けば叫んでいた。
有希は驚いたようにわたしを見つめている。

「昨日ね、お兄ちゃん、わたしが嘘をついたの知って、ものすごくショック受けてた。泣いたんだよ? 十八にもなる男が。有希を失うってことは、お兄ちゃんにとってそほろ悲しいことなの。だからそんなこと言わないで!」

わたしはそう言うと、深呼吸をし、有希を見つめなおした。
有希は目を潤ませていた。
あーあ。もうすぐ泣いちゃうかな。

そんなことを思いながら、わたしはベンチから立ち上がった。
授業終了のベルが鳴っている。

「……いいの? わたしと祐斗、結婚しても」

後ろから有希の震えた声が聞こえた。
わたしは振り返らずに、言った。

「当たり前!」

そう言い終わらない内に、わたしは校舎へと走った。
これ以上有希の顔を見ていたら、泣いてしまいそうな気がしたから。

だけど自分の発言に、なにも後悔はしていない。