それは一時間前、お兄ちゃんが涙を流しているところを見てしまったときのこと。
わたしは背筋が凍ったように冷たくなった。

だっていつもお兄ちゃんに何でも頼ってきたのだ。
わたしが失敗しても、お兄ちゃんは笑って励ましてくれたのだ。

そんな強くて憧れで愛しのお兄ちゃんが、初めて泣いているのだ。

なにか硬いもので殴られたような衝撃を受けた。

どうすればいいのだろう。
わたしはお兄ちゃんに何も出来ないのだろうか。
わたしがしてしまったのに、後始末もできないのだろうか。

わたしはそう思い、必死でお兄ちゃんを励まそうとした。
ティッシュを一枚手に取り、お兄ちゃんの涙を掬いながら何度も呟いた。

「大丈夫だよ。だってただの誤解じゃない」

なんて馬鹿なことを言っているのだろうと心の奥底で思いながら、わたしはお兄ちゃんに話しかけた。

その誤解を招くようなことを言ったのは、自分なのだ。
それも悪意を持って言ったのだ。

「わたしが悪いのよ……だから、ね? 元気出して」

だけどお兄ちゃんは瞬きをするだけで、後はどこも動かさなかった。
涙は留まることを知らず、わたしはお兄ちゃんの涙を掬うたびに辛くなった。

「ねえ……大丈夫だって。お兄ちゃん、わたしが謝れば済むことなんだって」

明日謝るよ。誤解をちゃんと解いて帰ってくるから。
わたしはそう付け足して、お兄ちゃんを促すように言った。

そのときだった。
お兄ちゃんの目がわたしを捉えた。
その目は何の意思も燈していないようだったけれど、わたしは怖いと感じた。