すべてを包んでくれるような温かい声。
わたしの名前を呼ぶ、懐かしくて、優しくて、愛おしい声。

「おい、美沙? 美沙、起きろって」

そんな声がして、目が覚めた。
霞んだ視界が、段々とはっきりしてくる。

「あ……お兄ちゃん!」
「もう夜だぞ? こんなところで寝て、風邪ひいても知らないからな」

ぼけた頭に、お兄ちゃんの声が痛いほど入り込んでくる。
わたしは重い体を起こした。
なにやら寝てしまっていたらしい。

「んん……本当だ。もう夜じゃん」

わたしはソファから立ち上がると、背伸びをした。
外はもう真っ暗だ。
たしか最後に時計を見たのは、四時半だ。

「ずいぶん寝ちゃったなぁ……」

わたしはそう呟くと、自分の部屋へ向かった。
本当はお兄ちゃんと話をしていたい気分だけど、夜はお兄ちゃんが勉強する時間なのだ。
お兄ちゃんは高校三年生で、大学に受験するらしい。
あと一年もあるのだからそんなの別にいいじゃないと思うのだが、これはお母さんの決めたこと。

「それじゃあ、お兄ちゃん勉強頑張って」

わたしはそう言い、リビングから離れた。
いつもならお兄ちゃんも「おう」なんて返事をして自分の部屋に入るのだけど、今日はリビングのソファで難しい顔をしていた。

あんな顔をして、どうしたんだろう。
わたしも家族なんだから、お兄ちゃんの傍にいつもいる存在なんだから、相談くらいしてくれても……。
そう思ったけれど、あえて言葉には出さなかった。