吸血鬼は淫らな舞台を見る   episode ι (エピソード・イオタ)



『育ててもらってるんだから逆らってはいけないの』


声の主は即座に答えをくれた。


優しく語りかけてきた親切心は、運転している女に当てはまらない。


男の子は声の主の正体をつきとめようと頭を捻るが、見当がつかない。


いままで誰と会話してきたのか思い浮かんでくる顔がない。


記憶を辿っても、下水道で女と会った過去より遡れない。


目を瞑り、頭の中に赤い本をもう一度思い浮かべてみる。


ページを捲ると、今度は全て白紙で、パタンと呆気なく本を閉じるしかなかった。