「―――――サリア」


 舌の上で転がした名は、口にするだけでなにやらあたたかなものをアルジスの心にもたらす。


 それは、水溜まりの上に首をもたげた一輪の花が一滴の雫を落とし、波紋を作り出したかのように、やわやわと心の中に滲み広がって。


 そうして、ずっと心に消えることなく居座り続ける。


「……忘れていたんだ、こんな気持ちは」


 自分の内にあるものは、焦燥と、悲しみと、憎しみと。―――強烈な、恐怖。


 こんな、暖かい感情を感じるのは、もう久しすぎて。


「………幸せ、なんだろうか」


 この、生活が?


 眼裏に浮かぶのは、暗闇と、汚泥と血に塗れた光景。………二度と戻りたくない、あの日々の。