「初担任、お疲れ様」
 カウンター越しのバーテンダーさんは、博美にカクテルを差し出した。
 綺麗な水色が、グラスの中で光っている。
「ありがとうございます、啓太郎さん」
「おいおい、名前で呼ばれたら格好付かないじゃないか」
 私と博美の座るバーカウンターの向こうにいる彼、啓太郎は愛想良く笑う。
「あら、私にはないの? ご褒美」
「勿論、香奈の分もあるよ」
 そう言うと彼は、博美と同じ物を私に差し出した。
「気前が良いのね」
「勿論! 高校時代の友達が来てれくれたんだから、これくらいは当然だよ」

 優子と麗太君が、小学校に入って五度目の夏休みを迎えた日の深夜。
 私は二人が眠ったのを見計らって家を出た。
 博美と啓太郎で、このバーで集まる約束をしていたのだ。
 啓太郎は、私の高校時代の同級生で、当時はよくつるんでいた。
 ここは、そんな啓太郎が今年の春からオープンしたショットバー。
 名前はブラックサン。
 本人曰く、大人っぽいクールなイメージにしたかったらしい。
 他にも理由はありそうだけど。
 啓太郎は昔からそうだった。
 下手に格好を付けようとして、逆にそれが空回りしてしまう。
 前の仕事、ホストクラブでの経験を生かしてバーを開いたそうだが、いつまで続く事か。
 まあ、顔だけは良い。
 引き締まった細身の体にバーテン服、ワックスで自然に整えた、ガキっぽさのない髪型。
 それほど格好は悪くないのだ。
「それにしても啓太郎。高校の時から随分、雰囲気変わったわね」
「そうかな?」
「そうよ。男らしくなったわ。気前も良くなったしね」
 先程出されたカクテルを、私は口に運んだ。
 お酒なんて、飲んだのは久しぶりだ。
 あの人が家を出て行ってから、ずっと飲んでいなかった。
 あの人……平井皓……。
 優子の父親であり、私の夫。
「皓……」