数日後、秋史は普段の何気ない生活に戻った。

 たった一つだけ違うことは、あれから暫くの間、秋史の自宅に、無言電話が掛かるようになった。最初は、もしもしと相手をしていたのだが、そのことにも飽きて、秋史は電話を取らなくなってしまった。


 共同経営している投資会社は順調に業績を伸ばし、その後も秋史の財産は増える一方であった。

 そんな中、共同経営者の一人が組織強化のため、新たな人員を雇い入れる方針だと会議の席で語った。
 正規雇用を何人、非正規雇用を何人と、具体的に数字を示し、案を出してきた。

 会社を大きくし、強くする、と彼はいう。

 もはや秋史が興味をそそる話ではなかった。

 結局、人員増強計画には承諾したのだが、その非正規雇用者の中に、彼女がいたのだ。

 美しく、艶やかな黒髪を持った上品な女性だった。

 たまたま秋史付きの事務員として、彼女は秋史のすぐ近くに配属された。
 二人が親密な関係になるまで、そう時間は掛らなかった。

 頭痛は収まっている。
 そして、過去は全ては消えた筈だ。

 それでも秋史は不安になることがあった。
 そんな時、ごく自然に彼女がその不安感を埋めてくれた。


 彼女は秋史の申し出に応じ、付き合い始めた。

 夜の街へと二人で繰り出し、消える。

 お金の使い道のない秋史には、それらを彼女に捧げることに何の躊躇いもなかった。

 彼女が愛おしく思った。
 彼女のことを、もっと知りたくなった。

 秋史はかりそめの安らぎとは知りながらも、そんな生活に満足していた。


 非正規雇用である彼女を、正規雇用に切り替えようと、秋史は社内に手を回した。

 造作もない筈だった。しかし、派遣会社とのやり取りの中で、一つの疑惑が持ち上がった。

 社内の人事担当者との間で、この事を伏せて置くようにと、秋史は言い含めた。