木箱に腰掛け、湿った岩に持たれ掛るようにして、青白い、信一郎の父親がいた。

 目を閉じ、水に濡れて、静かに死んでいた。

 安心したような、そして疲れたような表情をしていた。
 傍らには、飲みかけの酒の瓶が、何本も転がっていた。
 
「何も解らないやないか」
 長い沈黙の後、堰を切ったように、秋史は苛立ちながら呟いた。
 奥歯をギリギリと噛み締め、両手で拳を作った。

「何も……、解らないやないか」

 静かにもう一度、呟いた。
 茫然と立ち尽くす秋史に、信一郎の父親は何も語ってはくれなかった。

 そんな時、秋史がふと目を落とすと、一枚のぼろぼろの写真があった。秋史は大きく息を吸いながら拾った。
 そこに写っていたのは、密造酒の瓶を背に、信一郎の父親の他、秋史の父親と叔父であった。
 三人は秋史の父親を真ん中にして、にこやかに笑っていた。

 秋史はやるせなさと、悔しさが募る中、写真を棄てて滝の棲み家を後にした。

 信一郎の父親が死んだことで、秋史の過去は封じられた。
 滝の棲み家も、いつかは人の知るところとなろう。
 もしそうなった時、自分は正気でいられるのだろうか。

 秋史は小屋へ戻り、酒を撒き散らした。安物のライターを取り出すと、無言で火を着けた。