飛べない黒猫

真央は携帯を握って、じっと父親の声を聞いていた。


「…真央は、私の自慢の娘だ。
お父さんを、こんなに喜ばせてくれて…ありがとう。
きっと、天国のお母さんも喜んでいる。」


いつも穏やかに響く青田の声が、涙声に変わった。

青田は真央の事を気遣って、彼女の前では、亡くなった母親の事をほとんど話題にしなかった。
母親の話をした時の、真央の辛そうな表情を見るのが耐えられなかったのだ。

しかし、今、すんなりと心のまま言葉が出てくる。


最近の真央は現実を受け止め、悲しみや苦しみを乗り越えようとしていた。
時を止めて、黒の喪服に縛られ、動けずに泣いていた彼女が、今は、少しずつ歩き出している。


それを感じていたからこそ、青田は言葉にする事が出来たのだ。


「さて…詳しい事は、今夜、帰ったら話そうか…
蓮くんに変わってもらえるかな？」


コクリとうなずいて、真央は携帯を蓮に手渡した。
蓮は真央の目を優しく見つめて、にっこり微笑んだ。


「変わりました…。
はい、大丈夫です。
今夜は出かける予定ありませんから…」


蓮は電話を切り真央にウインクする。


「さ、お祝いのご褒美だ。
チャーハンは変更、何が食べたい？
何でもいいぞ。」


真央は嬉しそうに外を指差してから、車のハンドルを動かす素振りをして見せた。


「…マジかよ、もしかして…たこ焼き？」


蓮が呆れた顔で聞き返す。
真央は、車の運転を真似て、無邪気にはしゃいでいる。


「…承知しました、お姫様の仰せのままに。」


蓮の言葉で、真央の笑顔が、ぱあっと弾けた。
真央の笑顔に、蓮の心臓がドキリと波打った。


うそだろ…まだ子供だ
なに意識してんだ俺…


蓮は、思いもよらない自分の反応に驚き戸惑うものの、いつにない興奮のせいだからと理由づけて芽ばえた愛情を受け流したのだった。