少女は窓の外を見つめていた。
あの日の父親の言葉を思い返しながら…




ざわつく心。

母親は忘れられていく。
あの忌まわしい出来事と一緒に、存在すら隠されるように。





タイヤが水を跳ねる音、濡れた路面を滑るように近づく。
ゆらゆらと揺れる明かりが、大通りから門に向かって流れ着いた。

タクシーのヘッドライト。


門の前でいったん停止し、背の高い男性と白いコートの女性が後部座席のドアから出てきた。
2人は傘もささずに小走りで玄関に向かった。

タクシーはUターンして、今来た道を戻っていく。


玄関のチャイムが響くと、1階の廊下が賑やかになった。
父親の嬉しそうな穏やかな声が聞こえた。



「………!」

胸の奥に何かが詰まる。

いつも不意に襲いかかって来る、あの黒く重い影が少女の内面をキリキリ締め付けはじめた。
手足が震え、強い頭痛と吐き気がおこった。


「……う…うぅっ…」


涙目になりながら大きく深呼吸し、痙攣する胸元をキツく抑える。
そして、その場に静かにしゃがみ込んだ。


「うぅ…」


深く息をすって、ゆっくりと吐き出す。
それを何度も繰り返す。

薄れかけていた意識が、ぼんやりと引き戻される。


「ミャ〜」


気がつくと、黒猫が少女の足もとで身を擦り寄せていた。
震える指先で、少女は黒猫の背中を撫でる。


「ミャ〜」


黒猫は少女が苦しんでいる間中、ずっと静かに寄り添う。
いつもそうしているように。