飛べない黒猫

「じゃあ、サンルームに行こうかな。
蓮は寝るんだよね、おやすみなさい。」


真央はクルリと背中を向けて居間の奥にあるサンルームへ行った。


お母さんの白い蛾か…


蓮は居間に飾ってある真央のステンドグラスに近づいた。

豊かな色彩の羽根を持つ蝶が乱舞する光景の中に…
いた!白い小さな蛾だ…。

今まで全く、気がつかなかった。

青白く透き通るような羽根を広げた蛾が、多数の蝶の中で目立たぬように、ひっそりと存在していた。


真央は心の中で、いつも母親を感じて暮らしてきたのだろう。

母親との思い出が詰まった家を出てしまい、年々薄れて行く母の温もりを忘れぬように、自分の作品に刻み、形に残してきたのだ。


凄惨な殺害現場である自宅を出て、ここに越してきた青田の気持ちは充分理解できる。

その場に留まり、常に目に触れていたら、嫌でも思い出す。
深く心に傷をおった真央には、あまりにも辛い事だと思う。


だか、その家は、楽しいかけがえの無い思い出の場所でもあるのだ。

まだまだ母親の温もりが必要な年齢だった真央だが、引き裂かれるかたちで、母親の記憶を置いていくしかなかったのだ。



真央は口数が少ない。
こちらが何か聞かない限り、自分の事を話そうとしない。

ステンドグラスの蛾の話だって、蓮が聞かなければ言わなかっただろう。

きっと青田も知らないはずだ。
知っていたのなら、蓮に話すだろうから。



もう一つのステンドグラスの絵柄は、一匹の蝶。

その羽根の模様の一部に、左右対称でない箇所があった。
左上の…人でいえば、ちょうど肩の位置。

白い斑点は、蛾が羽を広げたように見える。


「切ないよな…真央…。」


蓮は、そうつぶやくと静かにため息をついて、その場を離れ部屋に戻った。