飛べない黒猫

2人は廊下を歩きながら話し、居間の前で立ち止まった。


「大丈夫だよ、なんとか間に合わせるつもり。
イメージが膨らんで…絶対に良くなると思う。
きっと納得できる作品に仕上がる。」


「そうか…じゃ頑張るしかないな。」


真央はコクリとうなずいた。


「そういえば、真央の作品って蝶のが多いよね。
好きなの?」


真央は少し間を置いて、真顔で答えた。


「わたし、蛾が…忘れられないの。」


「…蛾ぁ?」


聞き返した蓮に「そう…」と返事をして、真央は悲しげに微笑んだ。


「お母さんの、お通夜の後…
みんないなくなって、静かになった時、真っ白い小さな蛾が飛んできて棺桶の片隅にとまったの。
蛾なんだけど、なんだか凄く綺麗だったのね。
しばらく動かないでそこにジッとしていて…
お父さんがね、“綺麗な真っ白い蛾だね…もしかしたらお母さんかもしれないよ”って言ったの。
“姿を変えて、真央にお別れを言いにきたのかな”って…
そう、お父さんが言うと、白い蛾はふわって飛んで、わたしの前をゆっくり往復して…
今度は、わたしの肩にとまったの。」


真央は、自分の左肩を指でさす。


「お父さん、泣きながら“やっぱり、お母さんみたいだね”って…
白い蛾は、ずっと肩にとまって動かなかったんだ。
だけど…岡田の叔父さんが部屋に入って来たと同時に飛び上がって。
窓から出て行ってしまったの。」


真央は指差していた箇所を、ギュッとにぎった。


「お父さんが言ったとおり、あれはお母さんだったの。
お母さんが、姿を変えて会いに来たんだよ。
あの日以来、白い蛾は見てないけれど…
また、いつか、会いに来てくれるって信じてる。
わたしね、ステンドグラスの色鮮やかな蝶達の中に、お母さんの白い蛾をこっそり登場させてるんだ…」

真央は嬉しそうに微笑んで言った。