飛べない黒猫

和野も当時を思い出しているのか懐かしそうに目を細めている。


「真央さんの事情を聞いた上で引き受けた事でしたが…
最初の頃は、なかなか私に馴れてくれませんでしたよね。
少しずつ、本当に少しずつ距離が縮まって…
私の目を見てくれるようになるまで、どのくらいかかったかしら。」


「相当…でした。」


「でもね、だんだん気持ちが通じ合うようになって。
真央さんが、私を慕ってくれるようになって…
嬉しかったわ。
そして、楽しかった。
あっという間の5年でした。」


真央もうなずく。


「真央さんは、こんなに成長されて…
こんなにステキな女性になったのですもの、私も年を取るわけだわ。」


和野は寂しそうに笑い、視力が落ちたと嘆いていた目をしばたいて真央を見つめる。


「これからは、もっと自分の気持ちに正直に、積極的に行動するのですよ。
悩んだり、落ち込んだり、寂しい思いをすることもあるだろうけど、もう殻に閉じこもっては駄目。
周りには、真央さんの味方がいます。
困った時には、ちゃんと相談するのです。
私も、その味方の一人、忘れないで頂戴。
年寄りは、経験という財産を持っているのですからね。」


「はい…」


一瞬だった。
だか、真央の瞳の奥の不安の陰りを、和野は見過ごさなかった。


「あら、あら…
何だかスッキリしない顔をしているわ。
悩み事かしらね。
言ってごらんなさい、真央さん。」


えっ?と、小さく声をあげて、真央は驚き和野に聞き返した。


「どうして…?」


和野は自信に満ちた表情で優しく真央に微笑んだ。


「ホホホッ、どうしてかしらね。
ずっと、真央さんの表情を見て暮らしていたのですよ。
カン…かしら、ね。」