飛べない黒猫

真央は和野のボストンバッグを受け取り、並んで玄関までの砂利道を歩いた。


「ありがとう、真央さん。
顔色もいいわ。
…少し見ない間に、ずいぶんと大人っぽくなって。
髪も少し伸びたのね、似合うわ。」


和野さんは少し痩せた。

パワフルではつらつと身をこなしていた和野の身体が、なんだか小さく感じる。


「息子さん、入院されて…
和野さんが、急にいなくなって…
わたし、すごく戸惑ったの。
でも、また戻ってきてくれると思っていたから…」


真央は寂しげにうつむき、口ごもる。


「これから、ずっと…
息子さんと暮らすの?」


責めるような口調になる。

和野は真央にとって家庭教師だけでなく、身の回りの世話をしながら愛情を注いでくれた家族のような存在であった。


「突然で迷惑かけてしまったわ。
本当にごめんなさい。
息子も、あんなんで…
お嫁さんも貰わずに、不摂生な生活しているのよ。
身体もこわしてしまうわね。」


和野は立ち止まり真央の顔を見た。


「真央さん…
私には、娘も孫もいないでしょ?
だから、ここでの生活は本当に楽しかったのよ。
孫と一緒に暮らしていると錯覚するくらいに…
一緒にケーキを作ったり、お庭の手入れをしたり。
真央さんを1日中独り占めに出来たものね。」


くすくすっと笑ってウインクしてみせた。


「…でも、歳にはかなわないわね。
体力の衰えを感じていたの。
息子も、一緒に暮らそうって言ってくれてるし…
お互いポンコツな身体同士、助けあいながら寄り添う暮らしもいいかなって思うようになったのよ。」