飛べない黒猫

「有り難いことに、私には多方面にわたり多くの友人がいてね。
洋子からではなく友人を通じて、君の事を知っていたんだよ。
君が前に勤めていた会社の法人事業部の部長とは、実は飲み仲間でね。」


「えっ…法人事業部の部長って…」


蓮が会社を辞める際も最後まで引き留め、独立後も何かと気遣ってくれた人だった。


「彼から聞いていたんです “面白いヤツがいるんだ、ずば抜けた能力とセンスがある。
ただ、欲が無くってね…会社辞めちまったよ、勿体ない” って。
その噂の男が君だったと知ったのは、去年の秋。
君に会う数ヶ月前です。
洋子の話を聞いていて気付きました。」


「ほんとですか…
せまいモンですね、世間って…」


驚いた…
どれだけ顔広いんだ、この人は。


「ですから、待ち遠しかったですよ。
蓮くん、君に会うのが、とても楽しみでした。」


青田は真央に視線を移し、愛おしそうに微笑み、また蓮に視線を戻す。


「蓮くんは、私と真央に幸せと勇気を教えてくれました。
私達がどれほど君に感謝しているか…
そのことを、ちゃんと知るべきです。
どうか、理不尽な苦しみを背負い込まないで下さい。
私達は家族です。
喜びも、痛みも、分かち合っているのですよ。」


「…はい、
あの…ありがとうございます。」


蓮は頭を下げた。
そして、そのまま、しばらく動かなかった。

動けなかったのだ。
顔を上げると涙が出そうで、じっと地面を見つめていた。


「さて…それでは、お言葉に甘て。
洋子、もう一杯飲んで行こうか?
君は今日、殆ど飲んでなかったようだしね。
蓮くん、悪いが真央を頼むよ。」


青田は少し照れたようで、わざと陽気な声で洋子に話しかける。
そしてタクシーを呼び停め、蓮と真央に乗るよう促した。

2人は車に乗り込む。
真央は後ろを振り向いて、青田と洋子の影が見えなくなるまで、手を振っていた。