クロオがドアの周りをうろうろ歩き始めた。

蓮は冷めきった珈琲を飲み干し、真央はサンドイッチを食べ終えたところだった。

今まで真央の隣で、大人しくハムをもらって食べていたのに、クロオはニャアと鳴いてドアを引っ掻いている。


「おしっこだ…」


真央は急いで食べ終えた食器をトレイにのせて持ち上げた。


「クロオ…外に出してくる。」


そう言って、クロオの後について部屋を出て行った。






真央の声は、まだ、か細く途切れ途切れだが、ちゃんと意志を伝えている。

今までは、と言うか…初めて会った時から、真央とは会話が無くても何故か気持ちは伝わっていたし、それなりにやり取りも出来ていた。

だからなのか、今、こうして真央と会話していると、なんだか不思議な気持ちになる。


そして…
取り残されたような寂しさを感じる。




出会った頃の彼女は、真っ黒いガラス玉のような感情のない瞳をしていた。
時折みせる怯えた表情で、人形じゃない生身の人間だと思ったくらいだ。

母親の死に囚われ、心を閉ざし、時間を止めたままの少女。


だが、日に日に彼女は変わっていった。


俺を見て震えなくなり、顔をじっと見るようになった。
スカートをはいて、女の子である事を自覚した。

そして俺を見て笑った。

どんどん可愛くなって、強くなって…
大人になっていく…


狼狽えている俺なんて、すぐに追い越して行くだろう。

俺のかわいい…いもうと…か。



蓮は溜息をついて、窓から見える揺れる木々の葉をしばらく眺めていた。