奏は満面の笑みで拍手をする。ぱたぱたと、軽い足音を立てて桜田の方に向かう。そのとき、ふと気がついた。ちょっとだけ身長が伸びた桜田の頭に、桜の葉がくっついていた。きっと、桜の葉も彼を気に入り離したくないのだろう。まだぼーっとしている桜田は気がついていない。彼は鈍感だから。普通の人でも気がつかないことに気がつくわけがない。
 やっと魂が帰ってきたのか、桜田は桜の方に歩き出す。二人の場所。いつもの場所に。
「待って」
ぎゅっと、距離が離れそうになる彼の腕を抱くように掴む。少し驚いたように振り返った彼の顔は、いつものような締まり気はなかったが、少しだけ驚きで間抜けな顔になっていた。見ていて少しおもしろいものだった。しかし、今笑ってしまったら、目的を達成することは出来ない。桜田はちょっとでもむっとすると、すごく冷たく。きっと、腕を振り解かれてしまうだろう。
 出来るだけ顔を引き締めて、彼の頭に腕を伸ばす。
 いったい、いつの間に彼はこんなに大きくなってしまったのだろうか。目一杯、奏が背伸び、つま先立ちしているというのに、葉に手が届かない。あと一歩と言うところなのに。もどかしい、悔しい。指をぴんっと伸ばしてみても駄目。体は彼にもう無理と言うほど密着していて、これ以上前に出ることは出来ない。
 どもまでも鈍感で気遣いが出来なくて天然の彼は、ちょっとも屈もうとはしない。寧ろ、嫌味なのか、背筋を伸ばして立っている。顔やまとっている雰囲気は緩いくせに、姿勢はとても素晴らしい。しかし、今は猫背の方がいい。確かに彼がこれ以上駄目になったら、いいとこなんて普通の人には見つけられなくなってしまう。だから、彼が姿勢がいいことは些細なことだけれど、とてもいいことなんだ。
 全く届かないものだから、奏は桜田がわかっていてやっているのではと思ってしまった。もちろん、そんなことはないだろう。こういうことはよくある。そのどれも、彼は故意的に意地悪をしたわけではない。全てが天然。
 だから、困るし大変なんだ。