汗臭い浴衣を脱ぎ捨て、新しい着物に袖を通す。この間出かけたときに、母様が買ってくれたものだ。淡い青地の花柄の大人っぽい着物。奏は、それを着付けると自分で髪を梳く。身だしなみを整えるのは一人でできるし、自分でするのが当たり前のことだと考え、奏は小さい頃からお手伝いの手をかりなかった。
 故に、まだ八つになったばかりの奏は一人できちんと身支度を調えるようになっていた。
 髪を結い上げる前に、たまらなくなって奏は全身を大きな鏡に映す。
 気に入った着物を着ている自分を見てみたかった。人が袖を通して見ると、この着物はどのように見えるのか、袖を通した時から気になってしょうがなかった。
 確かに、期待通りの美しい色に柄。帯も申し分ない。しかし、幼い奏が着る分には少し、大人っぽすぎた。奏とは少し、不釣り合いで不格好にみえた。
 奏は着物や浴衣が大好きだった。袖を通すのも、鑑賞するのも、選ぶのも、見て回るのも。しかし、病弱故にあまり外へは見に行けない。だから、たまに出かけるその日には、店という店をいやと言うほど見て回り、じっくり鑑賞して、胸を射貫かれたものは必ず手に入れる。
 出かけられる時間は限られている上に、本当に希なことだった。大半の着物に浴衣は奏の選んだものだったが、それ以外は、母様が遠出をしたときや奏の体に合うものが少なくなった時に買ってきたものだった。
 別に、不満はない。色、柄、帯。どれも申し分のない一品の上に流行のものだった。しかし、奏の胸を射貫くものとは違った。母様が買ってくるのは、色がはっきりしているものだった。奏は、武家屋敷を思わせるような古風な色合いだと思った。紺やら藍やらといった色だった。
 しかし、奏が好んだのは上等な品かどうかではなく。流行がどうとかではなく。自分が好きな淡い色のものを選んだ。柄もさりげないもの。シンプルと言えばそう見えるかもしれない。しかし、そういうものばかりに胸を射貫かれていた。
 似合わないことに少しがっかりした奏は、袖をいじった。