やっとの思いで、部屋まで戻り母様がまだ戻っていないことに安心する。そして、急いで着物を変える。膝のところに土がついているのを見られたら、なんて言われるかわからない。
焦る気持ちを落ち着かせながら着付けていく。焦ったままだと、早くできることも手間取ってしまう。脱いだ着物を無造作に引き出しに詰め込む。あとで、母様に見つからないようにお手伝いの斉藤さんに洗ってもらおう。
着付けが終わると、次は髪を結い上げなくては。櫛をとり、鏡の前に座る。梳いていくうちに髪から、桜の花びらがはらりと背中を伝って床に落ちる。余裕のない奏はもちろん気づかない。
そして、かんざしを差し込んだ奏は、間に合ったとほっと胸をなで下ろした。
「今起きたのかい?ずいぶんと焦って」
背後から聞こえる、凛とした声に肩を震わせる。
胸に手を当て、奏は自分を落ち着かせる。そして、社交的な笑顔を作り、体ごと振り返る。廊下に立っている、それはそれは綺麗な女性に向けてお辞儀をする。おしとやかに上品に。
「おはようございます。母様」
「おはようございます」
にっこりとした顔の彼女は、腕を組み部屋に入ることなく廊下に仁王立ちをしたまま。
下げていた頭をゆっくりと上げる奏。目に映るのは、地味な色の着物を着ている母様。いつ見ても、奏のような子供を持っているようには見えない若々しさだった。顔立ちも、目が切れ長の美人だった。良家の奥方より、艶やかな着物を着て花魁をやっている方が様になっているような気がした。失礼かもしれないけれど。しかし、春だというのに、秋を思わせる山吹色の着物は少し彼女には不釣り合いなような気がした。花魁にならなくていいから、艶やかな着物を着てはどうだろうか。奏は心の中で、母様に提案した。
「おや?あの着物を着なかったのかい?あなたなら着ると思ったんだけどね」
「あの着物は…」
奏は言葉が出てこなかった。どうにかして何か考えなければ。
「似合わなかった。なんてことはないだろう?あたしの娘なんだから」
どきっとした。着替えた理由ではなかったが、図星ではあった。
焦る気持ちを落ち着かせながら着付けていく。焦ったままだと、早くできることも手間取ってしまう。脱いだ着物を無造作に引き出しに詰め込む。あとで、母様に見つからないようにお手伝いの斉藤さんに洗ってもらおう。
着付けが終わると、次は髪を結い上げなくては。櫛をとり、鏡の前に座る。梳いていくうちに髪から、桜の花びらがはらりと背中を伝って床に落ちる。余裕のない奏はもちろん気づかない。
そして、かんざしを差し込んだ奏は、間に合ったとほっと胸をなで下ろした。
「今起きたのかい?ずいぶんと焦って」
背後から聞こえる、凛とした声に肩を震わせる。
胸に手を当て、奏は自分を落ち着かせる。そして、社交的な笑顔を作り、体ごと振り返る。廊下に立っている、それはそれは綺麗な女性に向けてお辞儀をする。おしとやかに上品に。
「おはようございます。母様」
「おはようございます」
にっこりとした顔の彼女は、腕を組み部屋に入ることなく廊下に仁王立ちをしたまま。
下げていた頭をゆっくりと上げる奏。目に映るのは、地味な色の着物を着ている母様。いつ見ても、奏のような子供を持っているようには見えない若々しさだった。顔立ちも、目が切れ長の美人だった。良家の奥方より、艶やかな着物を着て花魁をやっている方が様になっているような気がした。失礼かもしれないけれど。しかし、春だというのに、秋を思わせる山吹色の着物は少し彼女には不釣り合いなような気がした。花魁にならなくていいから、艶やかな着物を着てはどうだろうか。奏は心の中で、母様に提案した。
「おや?あの着物を着なかったのかい?あなたなら着ると思ったんだけどね」
「あの着物は…」
奏は言葉が出てこなかった。どうにかして何か考えなければ。
「似合わなかった。なんてことはないだろう?あたしの娘なんだから」
どきっとした。着替えた理由ではなかったが、図星ではあった。

