芥川龍之介にしては長い、『戯作

三昧』という話を読みきった。心

地よい爽快感が身体を包む。読書

は場所を選ばず、良いものだ。

目線を車窓に移した。列車は早川

の海を横手に疾走していた。

母は日々の労役から解放され、し

ばしの休眠をとっていた。私はM

Dプレイヤーを耳にし、本に眼を

戻した。

湘南を感じたくて、サザンオール

スターズを流した。ここら辺は断

崖に線路が敷かれているため、一

面に海が開ける絶景が広がってい

る。波にも、無論男にも乗ったこ

とがない私だが、こういった海岸

線には少なからず憧れのような感

情をもっていた。沖合では漁船が

悠々と、まだのぼり途中の太陽の

下を航行している。

しかしそんな美しい景色も束の間

、真っ暗なトンネルは、私の気分

を瞬時に、そして完全に打ち砕い

た。轟音とともにそれに侵入した

踊り子は、もはや漆黒をひた走る

トロッコだった。嫌気がさした私

は、本はしまい、MDは消して、

とうとう眼を閉じてしまった。