「用意は出来たの!?」

二人だけの家中に、母親のハスキ

ーな声が響いた。

勉強の手を止め、時計を見た。午

前八時半。とっくに出発の時間を

過ぎている。私は大急ぎで出掛け

る用意を始めた。

…年末に大叔母が亡くなり、下田

の菩堤寺に行くこととなった。

父方の祖母の妹で、私などは随分

と可愛いがってもらったものだが

、終生独り身で、今際の時も誰に

も看取られずに亡くなったそうだ

。もっとも心筋梗塞で、殆ど即死

だったようだが。

本来は下田に一泊しないとならな

いのだが、私たちは親戚筋の中で

は端くれも良いところの人間であ

ったので、一日でお暇させてもら

えることになった。…

勢いよく自室のドアを開き階段を

駆け下りた。母親はもう化粧も済

ませ、私を急かした。

「あ〜もう…間に合うかしら?下

田に一時半よね?」

「大丈夫!大体下田までなのに三

時間もかかる訳がないって!」

私はそれだけ投げつけるように言

うと、家のドアを開け放った。前

日までの雨は止み、代わりに雲の

切れ間から光の筋が差していた。