海までの距離

車がコンビニの駐車場に入り、私は名残惜しい気持ちで降りる支度をした。


「有難うございました」


海影さんに頭を下げ、ドアを開ける。


「どういたしまして。…そうそう」


私が車から降りると、海影さんは一瞬の間を置いて、何か言いかけた。
私は小首を傾げて、ドアを閉めようとした手を止める。


「ちなみに“海影”の“影”は、俺が“影山”って苗字だからだよ」


唐突に、にっこりと私にそう言った。


「嘘!」


そんな安直な!
“海”の方はあれだけ力強い意味が込められているのに、“影”の方は本名!?しかも苗字!?
驚きが隠せない告白に、私は動揺と困惑とが顔に出ていたと思う。
そんな私のリアクションに、海影さんは大笑い。


「ほんと。でも、誰にも言ったことがないから、内緒にしててな」


悪戯っ子みたいなおどけた表情で、唇に人差し指を当てる海影さん。
あ、可愛い…。
今まで見たことがない(見せる素振りもなかった)その幼い仕種に、きゅんとした。


「じゃあな、明日をお楽しみに」










9月3日。
朝、目が醒めて私が一番に思ったのは、来月瑪瑙のライブに行くのはやめようということ。