海までの距離

音楽の方ならいいな。
初のワンマンライブが超満員になる程人気が出てきたからと言えど、まだ駆け出しのバンドだ、私なんかが分からないような苦労や努力があるのだろう。
…いや、その苦労や努力を重ねたからこそ、初のワンマンが超満員になったのか。


「海影さんなら、その努力が実りますよ」


些か脈絡のない私の言葉に、海影さんが驚いた顔をした。
だけどすぐにいつもの海影さんの顔に戻って、


「励ましてくれたの?」


にやりと、私の顔を覗き込んだ。
恥ずかしくて、ぐるぐる巻いたマフラーの中に顔をうずめる。
息苦しくて、窒息しそう。


「…差し出がましいですよね、ごめんなさい」


言うべきじゃなかった。
海影さんに出会うまで全てが曖昧で、何も得ようとしなかった私みたいな人間が言う資格なんてなかった。
それなのに、海影さんは優しいから…。


「いんや、有難う」


微笑んで、くしゅっと私の髪を柔らかく掻き乱した。