海までの距離

客席はもうオーバーフロー。幕を引かれたステージの向こうから楽器のチェック音が聴こえる。
ハーメルンは、私の全然知らないところで私が想像できないような努力をしていたんじゃないだろうか。
結成して間もないバンドが、今私の目の前に広がるだけの集客力を培うのは、そう容易いことじゃないはず。
ここにいる一人一人が、大なり小なりハーメルンを思っている。
私にとって海影さんはとても良きお兄さんであり、海影さんは私に親しくしてくれる。
だけどその前に海影さんは“ハーメルンのベーシスト”であって、本来は私なんかが手の届く存在じゃない。
ならば、今私がここにいることはもはや奇跡としか言えない…。
そんなことを考えているうちに、客席の電気が消えた。
けたたましい歓声。ステージに打ち寄せる人の波。
その光景を傍観している自分に気付き、慌ててメモを取り始める。
感情も、感性も、余すことなく表現したい。
ハーメルンのことを想う人達に、伝えなくちゃいけない。
今この場において、私が私で在るために。