それでも、俺はまた新しいバイトを探す。
 そんな事の繰り返しだ。

 引っ越し業者のバイト先での事だ。
 その日は、午前中だというのにとても日射しが強く、肉体労働をするにはかなり厳しかった。
 業者の大型トラックには、棚やソファー、ピアノと幾つもの楽器類がある。
 いったい、引っ越しする人はどんな人なのだろう。
 引っ越し先の家に着くと、一人の老婆がいた。
 見た感じ、七十過ぎだろうか。
「ああ、業者の方ですか。お願いしますねぇ」
 老婆の家は、わりと大きく広かった。
 業者の先輩と、幾つかの家具や楽器、ピアノを家の中に運び、作業が終わった頃には午後になっていた。
「皆さん、疲れたでしょう。どうぞ、上がって下さいな」
 俺や業者の先輩は、老婆の家に上げて貰った。
 そこで茶菓子が出された。
 クッキーと紅茶だ。
「ありがとうございます」
 俺達は、そう言ってクッキーに手を出した。
 苦い。
 食べて後、すぐにそう思った。
 こんな苦いクッキーは初めて食べた。
 口直しに、紅茶を一杯だけ飲んだ。
「うぅ……」
 これも苦い。
 お年寄りは、こういうのが好みなのだろうか。

 手続きや書類上の処理をし、俺達はトラックに戻った。
 トラックを運転するのは先輩の役目だ。
 車の中にいる間、俺は書類に目を通す。
 書類を見ていると、知っている名前がある事に気付いた。
 宮久保。
 さっきの老婆の名字、宮久保っていうんだ。
 沙耶子と同じ名字。
 沙耶子の名前が浮かんだだけで、なぜか胸が痛んだ。

 とある休日。
 この日はバイトがなかった。
 先日の宮久保という名字の老婆の家。
 俺はそこに来ていた。
 インターホンを押し、家に上げて貰う。
 老婆は茶菓子をテーブルの上に置く。