ンを持って再び現れた。どうやら本気だったらしい。
 大井のトゥインクルレース。
「資金は五十万もある。なぁに、後は増やすだけだ」
 やけに自信満々のハルオちゃんを余所に、僕は結局、散々迷った挙句、一万円しか持って行かない事に決めた。ハルオちゃんは先日の勝利以降、勝つ事しか頭にない。
 『行こう行こう』と急かせるハルオちゃんに後押しされて、連れてこられたのは、大井競馬場ではなく、後楽園の場外馬券売り場だった。どうやらハルオちゃんもここにくるのは初めてらしい。僕は見知らぬ場所で、少し心細くなった。
 まだ朝の九時だと云うのに、既に同じようなスポーツ新聞を持った人の姿がちらちらと見える。
「ハルオちゃん、今日のレースって何時からなんだい?」
「新聞を見た限りだと、午後八時過ぎだ」
「なんだよ、まだ半日近くあるじゃないか」
「だったら喫茶店で研究しよう」
 ハルオちゃんはまだ言い終わらないうちに、すたすたと歩き出した。耳に刺した赤ペンを手に持ち替えて、新聞と睨めっこしながら歩いている。
 目的の喫茶店までの電車の中で、一通り今日走る馬の薀蓄を聞かされた後、喫茶店を目の前にして、突然、ハルオちゃんが自分の身体をあちらこちらと触りながら、慌てている様子が見て取れた。
「どうしたんだい?」
「あれ?おかしいな……財布が」
「財布がどうした?」
「ない……どこにも」
 見る見る表情が険しくなってくる。もはや競馬どころの騒ぎではない。獲らぬ狸は鍋の中で真っ赤に茹で上がったような表情をしている。赤から青へ。信号のようだが笑っている場合じゃない。
「取り敢えず、駅まで戻ってみよう」
「そうするか、仕方ない」
 駅までの道程を、足元に最大限の注意を払いながら辿るように歩く。
黒革の長形財布。
 中には免許証もカードも入っている。