ふんわりとケーキの焼ける香りがして、彼女は席を外す。

僕はつい辺りを見回した。

前来たときにじっくり見たはずだけど、それでもまだ不思議だった。

人間と変わらない(少し古いけれど)、一間続きの普通の家。

僕のいるダイニングには暖炉もあって、冬はきっと暖かいだろうと伺える。

水まわりは外にあるらしい。

キッチンの方には至る所に乾燥させた薬草がぶらさがっていて、あれをどうするのか気になったりもした。

僕はケーキの様子を見ながら、生クリームを泡立てている魔女の後姿に目をやった。

本当に人間らしい...

いや、もともと人間なんだった。



彼女は小さな型に入ったケーキをオーブンから取り出し、それを盛り付けているようだった。

そしてそれが目の前にやってきた。

フォンダン・ショコラは、それはそれはおいしかった。

僕が夢中でほおばっていると、彼女は張り詰めた表情で言った。

「あなたは何をしにわざわざ来たの?」


わかりきっているくせに、明確にして僕を帰らそうというのか。

「怪物の退治に協力してほしい。」

「さっき言ったわね。私にはどうしようもない。上司に言って。ゴキブリは殺虫剤で地道に殺せ、と」

「それじゃなんの解決にもならないんだ。君に――」

彼女は紅茶を口にすると、ことっと戻した。


なのに、なんの音もないかのような空間。


「どうして私が自然にあってはならないものを助けなければならないの?」

僕は自分に言い聞かせた。

―――引き込まれてはいけない


「それはゴキブリにも言えるよ」

僕の声は震えていた。

彼女は魔女だ。なのに、思っていたより優しい。だから恐くない。大丈夫。

しかし彼女の眼は恐怖を招く。

「私は政府が嫌い。その一員であるあなたもよ。企業の人間はもっと嫌いだけどね」

そう、彼女は人間が嫌いなのだ。