振られた場所を後にした私達は、自宅へタクシーで向かった。ロマンスの恰好があまりにも目立つため、公共の交通機関は使えないと思ったのだ。痛い出費だが、背に腹は代えられない。案の定、タクシーの運転手である五十代後半のおじさんは、ロマンスを見た瞬間『ゲッ!ヤバい。何かされそう』と言う顔をした。予感的中である。
 ただ、修行の内容が気になり、自宅に着くまで待てずロマンスに話しかけた。
「あの、修行って何をするんですか?」
「それは家に着いてからのお楽しみだ」
「そんな事言わないで教えて下さいよぉ!すごく気になってしょうがないんですから」
「家に着いてからだ」
「待てません!私、今すごくやる気になっているんです。できることは今すぐしたいんです!」
とたん、ロマンスは突き刺さりそうな視線で私を見た。私は恐ろしさのあまり、それ以上何も言えなかった。
(目で『だまれ、クソアマ』って言ってた。目で『だまれ、クソアマ』って言った!)
気が付けばボロボロになったバッグを握る手がぶるぶると震えていた。それほどロマンスの視線は鋭かった。
(これからの修行、無事切り抜けられるかなぁ……)
再び不安が脳裏をよぎった。
 タクシーに乗って二十分。どうにか我が家に着くと、ヨロヨロしてタクシーを降りた。小さな石につまづいただけで、転びそうになった。すると誰かが手をつかみ支えてくれた。見ればロマンスだった。
「大丈夫か?」
「ええ、まあ……」
『あなたの視線が恐ろしくて、見て見ぬふりをするのが大変でした』とは言えなかった。私は素直に『ありがとう』と言って、五階建てのマンションの三階にある我が家へ向かった。
「ここに知佳の家があるのか。どんな部屋かワクワクするな」
エレベーターを降りると、右横を歩くロマンスは子供のように目をキラキラさせ言った。私はちょっと後ろめたくなった。
「あの……ここ最近忙しくて部屋の掃除ができなかったから片付いていないですけど、いいですか?」
「ああ、かまわぬ。今夜はてきとうに物を避けて寝るよ」
「そうですか」