そこに、現れたのは、
『やぁ椿さん』
大手電気メーカーを経営する、紀津(キノツ)家の一人息子、
「まぁ拓真(タクマ)さん」
私と同い年の紀津拓真さん。
小さい頃はよく遊んでいたらしい。
あまり記憶は無いけど。
『どうしたの?今日は嫌味な顔が足りないみたいだ』
「へ?…あぁ、碧のことですね」
私の後ろを確認する拓真さんのいう“嫌味な顔”が、誰をさすのかはすぐに分かった。
『まさか、クビになったとか?』
「違いますよっ。それじゃあ別の執事を連れている筈でしょう?碧は今別件でいないだけですよ」
『なーんだ。つまんねーの』
冗談なのは表情で分かる。
拓真さんはとてもとっつきやすい。
堅苦しいこの社会で、私の心が綻ぶ数少ない友人だ。
「碧は、クビになったりしませんよ」
あれ程までに優秀な執事が、他にいるだろうか。
きっと何処を探したっていない。
『はは、君は昔からアイツにベッタリだったからね』
だから碧がクビになる理由なんて、できっこないんだ。



