朱音はぬるりとぬめった様な奇妙な手の平の感覚に違和感を覚え、何気なく手の平を見下ろした。
「な・・・に・・・?」
 まだ夜が明けるまでには間があり、暗い中だったが、朱音はそれの正体が何かを瞬間的に察知した。
「血・・・?」
 暗闇の中でも分かる程てらてらと朱音の手にべったりと付着した血液は、朱音のものではないことは明らかだった。
 はっとして朱音はアザエルの服を掴んで引き寄せる。
「どこか怪我してるの・・・!?」
 掴んだ服自体が既に多量の血液が染み渡っていることに気付き、朱音は驚いてアザエルの顔をじっと見つめた。
「陛下、わたしはもう長くありません。陛下がわたしを憎んでおられるのは承知で言います。陛下、緋の眼の男が陛下を狙っています。奴に捕まる前にあの風使いとルイを連れて身をお隠し下さい・・・」
 アザエルは意識が朦朧としているのか、座ったまま何度も後ろに倒れそうになるのを何とか耐え忍んでいるようだった。
「アザエル・・・? 貴方がそう簡単に死ぬ訳ないよ、そうでしょ?」
 朱音はアザエルの服の袖をぎゅっと掴み、碧い眼を見据えた。
 しかし、辛うじて開いている綺麗な碧い目は、見る間に輝きを失いつつあった。
「奴・・・は・・・、野蛮な賊です・・・。欲しい物を手に入れる為には・・・、ど・・・んな手でも使う・・・。 クロウ陛下・・・、ご無事で・・・」
 固い岩の上にトサリと横倒れになり、アザエルは動かなくなった。
「アザエル? 嘘・・・。約束したじゃない! いつでもわたしの傍に居るって、貴方そう言った!!」
 あれ程憎くて仕方無かった魔王の側近が、朱音の全てを奪ってしまったあの憎くて憎くて仕方の無かったアザエルが、居なくなるなんて清々する筈だったのに、なぜか朱音は流れ出でる涙の雫を止めることができなかった。