体をドアのむこうへくぐらせたとたん、むわっと、梅雨の時季独特の生ぬるい風が頬を撫でていく。
「ここなら誰もいないかと思って」
どんよりした灰色の曇り空を背負いながら、ユウくんはとても面倒くさそうに言った。
こんなパッとしない後輩の女子としゃべっているところなんかを多数目撃されたら、誰なんだとか、どういう関係なんだとか、きっといろんな人から根掘り葉掘り聞かれちゃうんだろう。
そういうの、彼は本当に嫌うだろうなあとたやすく想像できる。
「なんか、さ。やっぱり学校のなかで会うと、先輩だーって感じするね」
「そう? おれはあんたにまったくコウハイを感じないけど」
いい意味で言ってくれているのか、それともあまりよくないニュアンスを含んでいるのか、淡々と話すからわからないよ。
「ね。スニーカー、きれいになった?」
「なった。サラが洗った」
「え、サラくんが!?」
「あいつそういうの好きで。食器洗いとか。父親の洗車もよく手伝ってるし。前世はアライグマだって自分で言ってる、けっこうな変わり者」
そんな変わり者のサラくんが、お兄ちゃんにとてもよく似ているということ、本人はちゃんとわかっているのかな。
「汚しちゃってごめんね」
「何回目? もう謝んなくていいよ」
「だって、ほかにもいっぱい迷惑かけちゃった自覚あるし……」
「あんたを勝手に同じバスに乗せたのはおれだけど」
柵に腕を乗せ、そこに上半身の重心をすべて預けているユウくんが、その体勢のまま首をかしげるみたいにしてわたしを見た。
「あんなことするなんて自分でもびっくりした」
指先がこっちへ伸びてくる。
さらりと、前髪をさわる。
毎朝、かなり時間をかけて、丁寧にブローして、やっとの思いで完成する大切な前髪。
目と眉のあいだの長さがこだわりで、2日に1回は慎重に自分で切っているけど、もう二度と切れないって思った。
だって、ユウくんがさわったから。



