「その、ユウく……水無月先輩に、用がありまして」
「水無月?」
必死でしゃべったのに、その名前を聞いたとたん、親切な先輩は困ったように眉を下げた。
「ごめんね、水無月さ、この時間はいつも寝てんだよね」
「えっ」
「急ぎなら起こしてこようか」
「あ、いえ、そういうことでしたらまた改めますので……!」
寝ているってどういうことなの、ユウくん。
それならそうと事前に教えておいてほしかった。
こっちはわりと本当に死ぬ思いで、がんばってここまで来たのに。
「もし言伝があれば、俺でよければ聞くけど」
「いえ、あの、いいんです、実は渡すものがあって……」
「あ、そうなんだ? じゃあかわりに渡しておこうか?」
お言葉に甘えて頼んでしまいたい。
だって、先輩の教室までもういちど来ることを想像しただけで、神経がゴリゴリとすり減っていくようだよ。
いや、でも。
「……ありがとうございます。でも、ちゃんと自分で、渡したいです」
けっこう救いようのないおばかさんなのかもって、自分でも思う。
もういちど顔を見て、言葉を交わしたら、きっともうわたしはこの気持ちを無視できなくなるのに。
そうしてまた苦しい思いをして、切なさでいっぱいになって、それなのに最後にはまた、必ず傷つくことになるのだろう。
そこまで全部、全部……ちゃんとわかっているのになあ。
「――ごめん、おれの客」
相変わらずあまり温度のない声に、いまはなんだか泣きたくなる。



