せっかくしゃべったのに、ユウくんはやはりなんの感想も残さず、そしてなんの前触れもなく人差し指で停車ボタンを押した。
次のバス停に近づくにつれ車体がゆるゆると速度を失っていく。
見覚えのある場所だった。
このあたり、隣の中学校区だ。
「この近くに住んでるの?」
なぜかふたり分の乗車賃を払ってくれたユウくんが、こっちはふり向かないでウンと答える。
それ以上なにも言わない、3歩ほど先を行く汚れたスニーカーを追いかけた。
広い歩幅は進むのがうんと早い。
何度も置いていかれそうになるのを、たまに駆け足しながら追いついていく。
思えばヤスくんはいつも、わたしの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれていた。
そういうところも、本当に優しい人だった。
べつにユウくんは“彼氏”じゃないから、“彼女”でもなんでもないわたしに優しくする必要がないし、比較するのもおかしいけど。
それにしても、出会ってから数十分しか経っていないけど、こんなによくわからない人には生まれてはじめて出会った。
わたしこれからいったいどこに拉致されちゃうんだろ。
もしや、おうちに連れこまれて、あんなことやこんなことされてしまうんじゃ……。
そこまで考えてぶるりと身震いをする。
でもきっとそうじゃないって、心のどこかでなんとなく確信しているのはなんだろう。
決して腕を引かれているわけでも、弱みを握られているわけでもないのに、逃げようと思わないのはなぜだろう。



