最低だ。最低すぎる。
こんなこと、断じてあってはならない。
「そ、そちらは……あの、スミマセン、ダレ先輩でいらっしゃいますでしょうか……」
ぽいっとわたしのネクタイを放るように指から離した彼――もとい先輩が、退屈そうに自分の名前をなぞった。
「水無月ユウ」
間髪入れず、失礼しましたミナヅキセンパイ、と言いかけたところ。
「ユウでいい。あと敬語もいらない」
「ええっ!?」
「いまさら後輩ヅラされても」
「いや……その、なんと申し上げたらよいのか、若輩者がご覧に入れた数々の無礼をどうかお許し……」
「なにそれ、ウザ」
ユウくん(と呼んでもよいものなのか)は、そう言いつつもさっきより少しだけ興味をもった目で、わたしの顔を覗きこんだ。
「あんたみたいなのがどうやってうちの高校受かったのか気になる」
県下ナンバーワンの進学校。
名実ともにその名を欲しいままにしている現在の学び舎に、中3の冬、わたしが合格を決めたとき、当時のクラスメートからは裏口入学だとさんざんからかわれた。
こう見えて実は頭いい、とかでもなく、わりときっちり見た目通り、可もなく不可もなくというラインをいつも律儀に行ったり来たりしていたもんね。
「……死ぬ思いで勉強したの」
比喩ではなく本当に。
あのころは慣れない勉強をしすぎて常に微熱があったし、毎日が寝不足すぎて何度も湯船で眠っては溺れかけた。
胃は痛かったし、受験当日の1週間前からずっとお腹を下していた。
それでも、
「ぜったい合格したくて」
なぜ、とユウくんの目が言っている。
もうわたしは、彼にとって興味のない理科の実験じゃないんだって思うと、なんだかおかしかった。



