「にっ、逃げるとかじゃないし、それに、クリーニング代なら払うって……」
「いらないって言ったと思うけど」
「それは……言われたけど、でも」
「そのかわり、あんたの時間をもらう」
バス停では、うざいから絡んでくるなって雰囲気がぷんぷんのぷんだったくせに。
突然そんな、映画ばりの台詞を簡単に吐いてみせるなんて。
だけど決してドラマチックでも、ロマンチックでもないの。
まるで国語の教科書を授業中にいやいや朗読するみたいな温度感だった。
変な人。
そう思って盗み見したら、やっぱり彼はすでにわたしのほうをじっと見ていて。
探るような、観察するような視線。
そう、まるでやりたくもない理科の実験をノートに記録しているみたいな、そういうまなざし。
「……なんなの、さっきから」
「うちの学校にもけっこう頭弱いやついるんだなって」
うちの、学校だと……?
「……ああっ!?」
「あんた、2年何組のダレさん?」
わたしの首に巻きついている、不格好な黄色のネクタイ。
それを、水色のネクタイを1ミリのやる気もなさそうにゆるっと結んでいる彼の指先が、とても気だるげに引っぱった。
こんなにもおもいきり同じ制服を着ているのになぜ気づかないのか。
アタマヨワイ、とか面とむかって言われても、今回ばかりはしょうがないな。
「2……ねん、2組の、望月カンナです」
学年ごとに色分けされている制服のネクタイは、1年生が赤色、2年生が黄色、そして、3年生が水色。
つまり、だ。
同じ制服を着て、水色のネクタイを締めているこの人は、間違いなくひと学年上の、直属の先輩であるというわけだ。



