…桝屋に到着したのはいいんやけど…。
「お嬢ちゃんが今日から働く新入りかい?」
「は、はいっ!雪と申します!」
「そうかい、そうかい。じゃあ、後ろは雪さんの旦那?」
「え、っと…」
「そうや。めっちゃ可愛いやろ!おっちゃん手ぇ出したらあかんで~?」
「はは。肝に命じとくよ」
さっき山崎さんがとっさに助けてくれたからよかったけど、一人やったら墓穴掘ってたかもしれへん。
(あかん、もっと気ぃ引き締めな…!)
うちは一刻も早く千春ちゃんを助けるために来てんのに、こんなところで躓いてられへんもん。
ほんで、さっさと蔵の中身を拝見したい!
「じゃあ、俺はもう行くさかい、雪はちゃんと働くねんで?」
「はいっ!丞さん、ありがとうございました!」
桝屋まで案内してくれた丞さんに頭を下げ、桝屋の店主──右喜衛門さんに向き直る。
店主の名前はあらかじめ土方さんに聞いてたからわかるけど、この人の人格まではわからんからなぁ…。
「さて、改めて。私が桝屋の店主、右喜衛門です」
「は、はいっ!雪と言います、一生懸命頑張ります!」
「はは。今人手が足りてなくてね、雪さんが来てくれて助かるな」
……人手が足りてへんのか。
でも正直、現段階では悪さするような人には見えへんねんけど、化けの皮被ってるかもしれへんし、注意して観察せなあかん。
にっこーり、と笑顔を作るのは苦手じゃないし、寧ろ愛想笑いは得意な方。
嘘つくのは苦手やけど人付き合いはそんなに苦じゃないし、うちこそ密偵にいい女中なんてそうおらん!……はずや。
「それじゃあ、早速だけど仕事内容を説明しようかな」
「はい、何でもやらさせていただきますっ!」
今日からいつまでこの密偵の仕事が続くかはわからんけど、丞さんも裏で動いているらしい。
(だから、うちも負けじとめっちゃ頑張りたいんやけど…)
今日は潜入初日やから、あんまり深追いしたらあかんって土方さんと丞さんの二人に言われてる。
「なに、する作業は簡単だよ。お客さんが来たら会計をするだけだ。まずは店の物の値段を覚えてもらおうか」
「…。(嘘やん、うち覚えるの苦手…)」
「雪さん?何か言ったかい?」
「い、いえ!よーし、めっちゃ頑張りますねっ!」
「はは、期待しているからね」
土方さん、丞さん…そして千春ちゃん。
うち、これからの密偵に自信がなくなってきました。

