私ひまわり、あなたは花屋


 いつもは電車から見下ろすだけだった町に足を踏み入れるのはとても新鮮で、ほんの少し緊張をする。

「ん……」

 改札を抜け、軽く空気を吸い込む。

 そうすると町の香りが鼻を抜けておなかにぽすん、と落ちて、ようやく靴の裏が地面に馴染むような気がした。

「よし! まずは、と……こっちかな?」

 携帯で地図を確認して歩き出す私。

 といっても、大体の方向だけで基本的には気の向くままだ。

 せっかくの休日を目的のためだけに費やすのももったいないし、それに案外ぶらぶらしている方が彼と出逢う確立が上がるかもしれないしね。

 駅周辺は雑多な店々が軒を連ねる商店街。

 アーケード街、という言葉の似合わないレトロな香りのする場所。

 お肉屋さんに八百屋さん、魚屋さんに酒屋さん、婦人服屋さんに紳士服屋さん。

 いろんな物がひとつの箱の中にあるスーパーやデパートに慣れ親しんだ私にはなんとも新鮮な風景だ。

 そして何よりも新鮮、というかちょっと驚いたのはお店とお客との距離感。

 物理的な距離の話じゃなくって、心の距離感。

 ものすごく、近い。

 お店の人とお客が楽しげに談笑しているだけならまだわかるけど、なんと、

「初めてみた……店先での将棋って……」

 あちこちの店先にベンチやテーブルがあって、そこで人々はお茶を飲んだりどこかで買ってきたのであろう食べ物を広げているのだ。

 中には店主であろう人と将棋をさしたり(前掛け着けたままだから、たぶん)、買った本を店の外に出た瞬間に開けて読み出す子もいる。

 で、それらの中で私が注目したのが──”お茶”。

 談笑の傍らお茶でのどを潤す人々。

 しかしそのお茶、なんと“湯のみ”に入っている。

 つまり、そこで休憩をする人のためにわざわざお店の人がお茶を無料で出しているらしい。

 子供にはご丁寧にグラスにジュース。

 まるで自宅に遊びに来た友人に出しているかのように、注文されるわけでもなく、それが当然といった空気。

 まさしく、町全体がひとつの“家族”のようだった。