それから樹さんは靴を脱いでスリッパに履き替えた。

あたしは未だ硬直したまま。


そんなあたしを視線に入れないように、樹さんは2階へと続く階段に向かって歩き出した。


樹さんがあたしの視界からいなくなった事で緊張の糸が切れて、ほっと和らぐ。


「そうだ」


再び暗闇に響いた低い声にあたしはビクッとした。

樹さんを見れば、顔だけ振り向いてあたしを見ていた。


「……なんですか?」

「お前、海里の女?」

「……いえ」

「だったら海里には気を付けろよ」


樹さんはそれだけ言うと暗闇の中に消えていった。


「……なに?」


暗闇にあたしの声が響く。

右手に持っていたライト代わりのケータイは、いつからかその役目を果たしていなかった。