「院長の妻っていうのは、ちょっと特別だから…梓には荷が重いと思う」

鳴海さんは、一般家庭の出身。

医者の世界のゴタゴタには、あまり詳しくないはずだから…

悠ちゃんはそう言って、ため息をついた。

「でも…浩哉くんにも、鳴海さんにも、幸せになってほしいよ」

「美波はやさしいね」

「だって…」

「何事も、どうやっても叶わないことってあるんだよ」

お嬢様育ちで、世間知らずな私。

そうやって悠ちゃんに諭される。

医者の家系が特別だなんて思わない。

でも、家柄の理由で結ばれない運命の人たちがいる。

私は、たまたま医者の家に生まれて、たまたま悠ちゃんに出会った。

お父さんは反対したかもしれないけど、結局は結婚できた。

この運命に感謝しなきゃ。

「恋愛とか結婚って、難しいね」

「今更何を言ってるの?」

わたしはしみじみ言ったのに、悠ちゃんは吹き出した。

「ホント、お嬢様育ちにも程がある」

「だって私、正直に言うと、悠ちゃんが最初で最後の…」

突然降ってきたキスで、つづく言葉をさえぎられた。

「…かわいすぎて死ぬ」

悠ちゃんのそのセリフが、耳の奥でじーんと響いた。

ずっと残っていたわだかまりも、切なく聞こえる雨の音も、何度も重なるキスで溶かされていくみたい。

“結婚できてよかった”

心からそう思える人。

「さぁ、キスの続きを」

誠実で、優しくて、夜はすこしだけイジワルな悠ちゃんを、愛してる。