「そうかぁ、伊崎さん結婚するんだ?やっぱり相手はお医者さん?」

外回りからの帰り。

タクシーの中で先輩に打ち明けた。

「…ってことはー、政略結婚ってやつ?大変だねぇ」

予想通りの反応。

そうなんだよね…。



私たちは政略結婚。

今時そんなの珍しいかもしれない。

だけど、私はいわゆる“生粋のお嬢様”ってやつなんだ。

江戸時代から続く医者の家系。

総合病院と系列の医療施設をいくつも抱える、グループのトップ。

婚約者のおうちは、その姉妹病院を持つ名家。

うちの病院は心臓が得意。

彼のおうちは脳神経専門。

紹介状を書けば、いくらか診療報酬の手当が出る。

横のつながりが強ければ強いほど、利益を上げることができる。

そんな大人の事情もある。




「美波?聞いてる?」

「…えっ?あ、ごめん」

心配そうに彼が私の顔を覗き込んでいた。

静かにジャズの流れるカジュアルフレンチのレストランは、彼のお気に入り。

「むこうの家は勝手に決めちゃっていい?それとも、見てから決める?」

「あぁ…悠ちゃんが決めてくれたらいいよ。とりあえず日当たりさえ良ければ」

「そう?じゃあ伝えとく」

そう言って、優しく微笑んだ。

婚約者、茅島 悠哉。

脳外科医の28歳。

彼を一言で表すとしたら、最初に思い浮かぶのは“優しい人”だ。