月と太陽の事件簿16/さようならの向こう側

「気をつけて下さい」

達郎兄ちゃんの言い方から察するに、藤上先生の方からぶつかってきたようだ。

「申し訳ない。前方不注意だったな」

藤上先生は頭を下げた。

「あの先生、大丈夫ですか?」

あたしは訊かずにはおれなかった。

藤上先生のやつれっぷりが、ハンパなかったからだ。

目の下にはクマがくっきりと浮かび、アゴの周辺には不精ヒゲ、お風呂にも入ってないのか、髪の毛はベタベタだった。

「ん…ああ」

藤上先生は大きなあくびをした。

「このところ夜が遅くてね…」

いわく、学会に論文を出そうと思っているのだが、ここ数日、煮詰まってしまっているそうだ。

「おまけに昨日の件で、徹夜になったものだから…」

藤上先生は、もう一度大きなあくびをした。

「あの、多江さんのことについて、お話を伺ってもよろしいですか」

達郎兄ちゃんが言った。

「貴方は…?」

その申し出に、藤上先生は怪訝そうな顔をする。