両手で一生懸命ピッピッと携帯を操作するたび

かわいらしいストラップが揺れる。

彼女は顔を上げた。


「お願いします」

「え、何が?」

「え、番号…」


あぁ、と俺は橘さんに番号を教えた。

橘さんは俺の番号を読み上げると、「登録完了!」と俺に指でマルをして見せ、

またハッとしたように目を伏せて「ありがとう」と言い、行ってしまった。


すごく落ち着かない、なんだかあっという間の出来事だった。

なんだ今の。

っていうか、何の用事で電話してくるんだろう。


ま、いっか。
俺はいつもの調子で教室を後にした。

暑さのせいだろうか。
いろいろ考えるのが最近とても面倒くさい気がする。


にしても携帯…か…。

ふと、窓の外に橘さんの姿を見つけた。

早いな、もう外か。

数人のメンバーで楽しそうに笑ってる。

あ、他のメンバーも同じクラスか?


前を向くと同時に、俺の頭には
『そういえばバイト先に連絡しなきゃな』

ということが浮かんでいた。

携帯がなくて気まずかったことも

突然女の子に連絡先を聞かれたことも

スケジュールに保坂さんの名前がなかったことも

既に俺にとっては、通り過ぎた出来事になっていた。