〔1〕         

汗だくになって長い坂道を登り切り、やっと一息が付ける下り坂を『ダラダラ』と歩いていた。


「紫馬様、間もなく府中宿(東京都府中市)でございます」                     
丁稚(でっち)の『勘吉』が遠くの町並みを指差している。                     
朝6時頃に出発して合計で8時間程は歩いて来た。途中何度か休みを取ったものの葵の体は既に『ボロボロ』であった。                  
(まだ府中なの!?この辺は俺のホームグラウンドのようなもの、と言っても300年も前じゃどうしようもないけど…)                             
旅の一行は総勢4名。番頭の『茂助』、丁稚の『勘吉』、女中の『お伊勢』に、葵であった。                   
仕事は甲府宿の商店『丸屋』に決算代金200両を無事に届けることであった。            
道中怪しい奴に目を配りながらの旅だったので葵の精神的疲れもピークに達していた。                                                                               
府中宿に入るとあちこちの呼び込みに出会う。               
夕刻ということもあって宿を探す人で混雑していた。        

「茂助殿、どこでも良いから早く決めようぞ!」              
「承知しました」                
5、6軒ある宿から『大和屋』という宿屋を選んでわらじを脱ぐ。                                                                  
記帳してから二階の部屋に案内される。    

「どうです、紫馬様。温泉に浸かって来るというのは!?」



荷物の番をする為、二人交替で風呂に入り、その後食事を取って午後8時頃には布団に入る。                       
(山中殿、あの二人に会ってちゃんと断れたかな!?嫌な胸騒ぎがするが…)             
葵は日中の疲れもあってすぐに深い眠りにつく。