彼岸と此岸の狭間にて

〔5〕         

「兄上、兄上…」                
(な、なんだあ〜っ!?)            
『ガバッ』と飛び起きる。            
(あれっ、生きてるぞ!?)             
石川啄木ではないが手をじっと見る。それから『グーパー、グーパー』を繰り返す。                      
(力は入るぞ。足はと……え〜〜っ!?着物を着ているじゃん!?頭はと…髷結ってるよ。何、これ?)             

自分の左横に人がいる事に気付く。                     
(女だ、しかも若い…だが、部屋が薄暗くて顔がはっきりしない……『美優!!』…ではないが、よく似ている)                     
目が馴れる前に異臭を感じ取る。糞尿の匂い。麹(こうじ)や味噌の匂い。それから、土と黴(かび)の匂い。これらが一体となって葵を襲う。                   
(臭〜っ!!こんな匂い今まで嗅いだことがないぞ!)            



徐々に目が馴れてくる。                        
部屋は4畳半ぐらいの広さに狭い土間(どま)と釜戸が1つ。俗に言う長屋の一室。                   
その娘の背後には小さな仏壇があり、位牌が2つ並んで見える。恐らく、この娘の、勿論、ここにいる葵の両親の物なのであろう。             



(もしかしたら俺、『タイムスリップ』して来たの!?そうとしか考えられない。

あの『日本刀』に関わったから…そんなの出来過ぎだって。映画や小説じゃあるまいし……って事はここは『江戸時代』!?)             



「兄上、早くお支度を!山中様が先程からお待ちですよ」                      
(山中〜っ、誰、それ〜っ?)