山中が駒込の柳沢邸に警護に来て3日程経つ。                       
仕事といえば、屋敷の中と外を見回るだけ。柳沢にはまだ会ってはいなかった。


柳沢本人は『間部』が息の根を止めにくるかもしれないという荻原の言葉を信じ、荻原達の陰謀も知らずに浪人達に警護を任せていた。                  

退屈な仕事の中、山中は葵にも匹敵する友人を得ていた。

名を『長谷部一徳』という。

30代前半の体のがっちりした長崎出身の男であった。                    
三勤一休の仕事であるから組んだ相手とは常時一緒になり、その内、気心が知れ、酒を交わし、友となる、そんな感じだった。                       

長谷部は江戸に剣の修業に来ているうちに自分の藩が『改易(かいえき:藩の取り潰し)』となり、浪人となったが、その同じ経緯も二人の仲を急接近させる要因となった。               



「長谷部殿、今日は冷えますな!?」                  
「そうですな」                             
二人一組で、別の組と4時間交替で見回りをしていた。                         

「長谷部殿の御家族は?」            
「はい、長崎に母親と妻、子が二人…」                  
「お〜っ、お子が二人!?いくつになられます?」            
「今年で上が7つ、下が3つになります」                 
「可愛い盛りですな、会いたいでしょう!?」               
「はい、もう三年も会っておりません!」                 
「三年もですか、それは難儀な!?江戸に呼び寄せるというのは?」                 
「母が足に持病を…それに父親が作った借金が20両。これを返済しないうちは長崎を離れられません」