〔1〕         

お伊勢を韮崎まで送り届け一人、茂助と勘吉の待つ甲府へ葵は急いで歩いていた。             
(あの夢が気になって仕方がない。山中殿が無事だといいが…)

葵にはもう一つ気になる事があった。夢とはいえ『血』を見た以上、普通、何らかの反応があるのだが、それが未だにない。                
(やはり右目が関係しているとしか考えられない!)                                                                                                                                    
その日の夕刻に甲府に着く。

(やっと、着いた!宿は確か『大和屋』!?)                                                      
「いらっしゃいまし。おひとり様で!?」                  
「いや、人と待ち合わせをしています」                  
「お名前は?」                 
「茂助といいます」               
「暫らくお待ちを…」              
番頭と思われる男が右手の親指に『べっとり』と唾を付けながら宿帳を括(くく)っている。                              

「あ〜っ、江戸からおいでの『茂助』様ですね。その方なら今朝方出立(しゅったつ)なさいました」              

「えっ、何故また!?」             
「詳しい事は存じ上げませんが、主人(あるじ)殿が倒れたとか死んだとかで…」

店先でこんな事を平気で大声で言うこの慇懃無礼(いんぎんぶれい)な男を葵はたたき斬ってやりたい気持ちになった。

「もしかして貴方様は紫馬様ですか?」

「そうです」

「茂助様からお預かりしている物があります」


その男は葵に白い袋のような物を手渡した。