彼岸と此岸の狭間にて

『バタン!!』                 
この音で意識を取り戻す。

(ん……??)


カーテンの隙間から外を見る。家の前にタクシーが停まっている。

タクシーから下りる父親の姿が見える。


午前零時を20分程過ぎていた。                    
                       
『カチャッ…』                  
玄関のドアの開く音が微だが聞き取れる。                 

(あっ、まだ風呂入ってなかった!)             

着替えとタオルを持って一階へ下りて行く。                            





台所で何やら『ガチャガチャ』と音がする。父親がこれから食事をするみたいだ。                       
洗面所と風呂は階段下にあるので父親と顔を会わせずに行く事ができる。


葵は洗面所の鏡の前で右目の所を頻(しき)りに何かをやっている。

コンタクトレンズを外しているらしい。                                

「葵か…!?」                              

「う、うん」                              
左手に白いご飯の入った茶碗を持ち、ネクタイを緩めたワイシャツ姿の父親が葵の所にやって来る。                  
髪を七三に分け、銀渕眼鏡を掛けた、40後半の、いかにも学者タイプの顔立ちをしている。                    
「どうだ調子は?」               
「調子って?」                 
「右目だよ」                  
外したコンタクトレンズを専用の容器に入れて、振り向いた葵の右目が…                                                   

『赤い』                    
のである。『真っ赤』とまではいかないが、それでも『赤』には違いなかった。