【プロローグ】                 
「お〜い、葵、今日の夜、電話しても良いかぁ?」                         
友人の呼び掛けに振り返りゆっくりと頷く。    

「じゃあ、今日の夜に…」

そう言ってその青年は踵を返すと急ぎ足で歩を進める。夕日を背に受けその長く伸びた影はこれからの奇妙な物語の始まりを暗示しているかのようでもあった。

彼の名前は紫馬葵(しばあおい)、どこにでもいる普通の男の子である。               
身長はかなり高く体付きも筋肉質に見えた。                 
夕暮れではっきりしなかった顔立ちが街灯の明かりではっきりしてくる。               
卵形の輪郭にウェーブの掛かったやや長い黒い髪を真ん中から分けている。顔立ちは『ギリシャ彫刻』の男子像を想像すると良いかもしれない。                               


時は2015年6月、場所は東京近郊。見渡せば深い緑の山々、カラスの鳴き声も至る所から聞こえてくる、そんなのどかな景色であった。





〔1〕

「ただ今」                   
家の前の低い鉄柵を通過しダークブラウンの玄関の扉を開ける。                   
家は古い二階建で小さな庭と車庫があり、手の行き届いた庭には色採りどりの季節の花が咲いていた。                          
紺と白の運動靴を脱ぎ捨て二階の自分の部屋に急いで駆け上がろうとする。              
「葵!」

玄関脇の台所にいる母親が手にお玉を持ったまま表れる。年の頃なら40前半か!?葵に似て綺麗な顔立ちをしている。

階段を上りかけていた葵の足がその途中で止まり、そこから覗き込むように母親を見る。


言葉の感じから誉められる事でないことは想像できた。